2/11ページ目 屡薇の服には特に、血液が滲み出たりはしていなかった。 「屡薇くん!?大丈夫!?」 それでも背中のほうはよく見えないこともあり、真依は泣きそうになって慌てふためいている。 「ああ、うん、大丈夫。何か平べったいものが当たっただけだから。」 全然痛くなかった屡薇は、あっけらかんとして答えた。 さっきまであんなにツンツンしていた彼女が心配をしてくれて、思い切り緩みそうになっている表情筋を努めて男前に保っている。 「つうか俺の背中、何が当たってたの?」 ひょいと振り向いて確認した屡薇は、ちょっとのあいだポカーンとした。 ストーカーの張本人である綾瀬は、両手で色紙を掴み俯きながらぷるぷると震えている。 先週も明かしたのでここにきてナイフがくるはずもありませんでしたが、屡薇はいわゆる“色紙ドン”をやられただけだった。 色紙?と思った真依も屡薇とおんなじような顔で、ポカーンとしている。 夜の街のネオンも含め、お月様は全部見下ろしていた。 「ぼ、僕……屡薇のファンで、インストにもっ……出たことないので……サイン、下さい……」 色紙を両手で差し出す体勢のままずっと俯いている綾瀬は、途切れ途切れに振り絞った。 緊張しすぎて途中、「にも」の辺りで声が裏返った。 「えっ!?もしかして綾瀬くん、屡薇くんを狙ってたの!?」 「何で喜んでんの!?真依さん!」 つい昨夜からのこととは知らず、それならそれで応援してあげても……の真依は瞳を輝かせた。 屡薇はいささか、泣きたくなってくる。 「ひどいですよ……高良先輩……屡薇と知り合いなら教えてくれてもいいのに……」 「ごめんね!?綾瀬くんがそんなに屡薇くんを愛しているなんて、知らなかったから!」 「おいっ!おい待て!話進んでるようでいて頓挫してるぞ!俺めちゃくちゃやるせねええ!」 あっちの世界では真依なりに話が進展しかけたが、屡薇が全力で阻止にかかった。 だいたい、この男は真依をストーカーしていたと聞いていたのに、いざご対面で色紙まで用意した上での「サイン下さい」はまず困惑するしかない。 「真依さんはしばらく俺の後ろに隠れてて!」 「屡薇くんもまんざらじゃない感じ?」 「あと、頼むからしばらく黙っててーっ!」 屡薇は急いで彼女の前に回り込み、輝く瞳からいたたまれず目を逸らしてしまうと、緊張で未だ震えている綾瀬を見下ろした。 前髪が長すぎて目元はよく窺えないが、見上げた綾瀬はもじもじしだしぽわんと微笑む。 気持ち悪っ!と屡薇は思った。 車道へと葬り去ってしまいたいが、彼女を幸せにするためにはそうもいかない。 薔がいつも屡薇を気持ち悪いと言うとき、自分はこんな感じなのかと思うと屡薇は薔に対して申し訳なくも思った。 今はそれ口に出して言わないほうがいいやつだ。 <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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