1/11ページ目 「ナナたちの劇は午後なら、ハニーとどこかでランチしてから来ても良かったね……」 有給休暇中に、愛する妻とデート感覚を味わえているナナ父は、ぜんぜん知らない高校の演劇をしみじみと観ているようでいてそんなに観ていなかった。 ヴァンパイアでもブラックだと思えるほどのブラック企業から有給休暇を取るというのは、拷問に等しくもある。 「雅之、表現に誤りがあるわよ。“ナナたちの劇”ではなく、“薔くんとナナの濃厚な愛の劇”よ。」 どこの高校か知らない高校の劇を鑑賞しているナナ母は、夫をたしなめた。 ランチについても、そんな悠長な時間を裂いていたら良い席が取れないかもしれないので、却下である。 「父親がそれを言うのは辛すぎるよ、ハニー!」 「うるさいわね、大人しくなさい。」 「あ、ごめんなさい……」 ナナ父は声を張り上げたところ、ますますたしなめられ縮こまった。 ちなみに、基本的に劇場内では飲食禁止で、持ち込みで摂る場合には広いロビーがあり、レストランもきちんと備え付けられている。 どこの高校かナナの両親がよく知らない高校の演劇は、ヴィクトル・ユーゴーによるあの有名作品でかなりの迫真の演技を繰り広げていた。 ただ一つ、決定的に欠けている要素があるとするならイケメンの配役だった。 「さっきからどの子もあまり美味しそうじゃないわねえ……」 ナナ母はぽつりと呟き、お菓子を携えていない手が無性に疼いた。 愛娘のおかげで目が肥えすぎてしまったせいもあるかもしれないが、イケメンで眼福をさせてもらう時間にはまるでなっていない。 妻の呟きがまったく聞き取れなかったナナ父は、目をぱちくりさせる。 ふたりとも、純粋に劇を堪能してください。 そして、舞台裏では、ナナがとんでもない事態に陥っていた。 「き、緊張しすぎて……吐きそうです……」 と、まだ衣装に着替えていないヒロインは緊張のあまり、やや汗ばんでいた。 「おい、大丈夫か?」 心配して顔を覗き込んだ薔もまだ衣装に着替えてはおらず、緊急事態と察すればいつでも彼女を病院に連れて行く気でいる。 「ちちちち近いですってーっ!」 「それより吐き気はどうなんだよ、」 青ざめかけていたナナはたちまち真っ赤になり、薔は真剣な表情で彼女の様子を見ている。 「薔のおかげで治まりました!これじゃ吐きそうになれませんよ!」 「あんま無理すんなよ?」 「無理なのはこの距離です!」 「あ?いつももっと近ぇだろうが。」 「ぎゃあああっ…!それ言っちゃダメです!」 結果的に、ナナは特にとんでもない事態に陥っていはいなかった。 なぜならいつもはもっと近いから。 <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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