※※第276話:Make Love(&Sooth).168
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 愛しあいながら露天風呂から不意に見えた月は、あんなにも綺麗だったのに、いつしか陰り始めていた。
 空気も冷たくなってゆく、先ほどまでそこにあった火照りを無情に肌から遠ざける。




 「…――――――どこまで行くつもりだ?」
 低く静かな声で沈黙を破り、薔は歩みを止めた。
 少しでも遠ざかってさえいれば、何も恐くはなかった、だからこそここは、自分が引き留めておかなければならない。

 旅館のある方角ならずっと掴めている、木々が夜空を隠してゆく森のなかにいても。

 「どこへでも行っちゃいたいな。でも、ここらへんでいいか…」
 竜紀も歩みを止める、夏の夜にコートを着ているその姿はどうやってもまだ色褪せてはくれない。


 この男と外に出ると浴衣は鬱陶しく思い、薔は旅館のあるほうへ目をやった。
 彼女が目を覚ます頃には、そばにいたいのだけど。




 「良い事を教える前に、言わせてよ。俺はさ、別に真っ暗な人生で構わなかったんだ。真っ暗に生きて、誰にも悼まれない真っ暗な死を迎えようと何もかもを諦めてたんだ、」
 筒闇へと続く目の前を見ながら、竜紀は穏やかに口にする。
 男は遠い目をしている。

 「そこに……薔が光を落としちゃったんだよ?無邪気な笑顔で、俺に希望を見せちゃったんだ。」

 足音も立てずに、竜紀は振り向いた。




 「独り善がりな身の上話は要らねぇから、さっさと本題に入れよ。」
 涼しい顔をして視線を躱すと、薔は傍らの木にもたれて腕を組んだ。
 殺されかけた“あのとき”も、同じ話を聞かされた、それを彼は忘れている振りをする。
 一方的に見出された希望はときとして、かたほうに絶望をもたらすことだってある。

 自分が真っ暗な人生を送ってきたからとは言え、誰かに真っ暗な人生を与えてもいいという話にはまったくならない。
 同情とも切り離すべき話だ、それをわかっていない者は果たしてほんとうの、光を見つけられているのだろうか。


 「やっぱり、置いてきた彼女が心配?羨ましいな……」
 楽しげに笑った竜紀は、求められた本題とやらを切り出した。

 「薔の家族を殺したのは、三咲 ナナだと知っても――君は彼女を愛してゆける?」

 と。










 薔の立つ場所にだけうっすらと、月光が射し落ちていた。
 彼は表情ひとつ変えずに、竜紀の話を聞いていた。

 どんな話が用意されていても、反対に、的確に考えを巡らす用意をしていた。
 その点に於いて、先に打ち明けられた過去の話は役に立った、男の考えはいつも自分に都合よくひどく捩じ曲げられている。

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